2006年7月3日(月) くもり
んなこたない
 少し相手方に寄った疑問と遠慮がちな願望、その増殖について考える時、僕は日本の音楽の未来に微妙な揺らぎを感じるのだった。
 肉じゃがを煮込んでいる時、ラップミュージックの歌詞について突然閃いた。ラップミュージックの歌詞では、ライム、つまり韻が重要な役割を果たす。大抵は文末の韻を揃えて歌うわけで、その形式に嵌る組み合わせとして、少し相手方に寄った疑問と遠慮がちな願望は意味が通り心地よい。
 いつものように断るのかい。寂しげな顔のわけが知りたい(ケツメイシ『門限破り』)。
 つまりこういう形だが、どうなのだろうか。ラップミュージックの隆盛に伴って、こんな文末の歌詞は増えるのだろうか。増えるとしたら日本音楽はどういったことになるのか。
 そんなことを考えつつ、このじゃがいもは生煮えかい、醤油を入れ過ぎたわけが知りたい。ってんで、それは己の責、踊りながら肉じゃがを作る阿呆、夜、更け行きて。

2006年7月4日(火) くもり
まだ韻について考えてます
 例えば英語で歌われているロックの対訳詞などを見ていると、時々とてつもない表現に出くわして驚くことがある。
 最初に生まれたユニコーン/ハードコアなソフトポルノ(*1)
 サビに来て、いきなり何を言い出すんだアンソニー。思わずそんな風に言いたくなってしまうが、実はここには韻が潜んでいるのであって、知れば何ということはなく納得する。英詞を見れば分かるのだが、英語でソフトポルノのことは「ソフトポーン」というらしい。この言葉が前の「ユニコーン」にかかっている。つまり音の響きからもこの英詞は作られているのであり、それを日本語にすると「ん?」ということになるわけだ。
 しかし私は、この対訳詞というのが大好きで、その異次元的日本語具合は頭びんびん、「そして地震は女のギターに/いいバイブレイションを与えるものだ(*2)」って何語だってんで、いやー暑いですなぁ最近。

*1、2)レッドホットチリペッパーズ「カリフォルニケイション」より(森田義信訳)

2006年7月8日(土) くもり
アイヌ文化に文字は無し
 樺太のアイヌには「ハウキ」という歌が歌い継がれていて、金田一京助は夜、炉辺にて、古老が歌うその詞を次々と書き留めていくのだけれども、いざ読み返してみると場内騒然、集まったアイヌは驚愕して京助を見やり、古老が一言「お前らはいくら歌っても覚えんものをこの人は一度で覚えちまったい」ってんでこれ文字の利便、そのエピソードを読んでこっちがびっくりしているのは、金田一京助著「ユーカラの人びと(平凡社)」です。
 アイヌの古老にゃ「数十家の家系と、その一人一人の昔話を、掌をさすように」覚えている人がいるそうで、己なんぞは一行一節で終わりそうで鬱なのだけれども、文字に記せば零れ落ちていってしまう抑揚、調子も併せて聞いてみたいものです。ところがこれは向かい合わせじゃなきゃ聞けないわけで、ひきこもり防止だなこりゃ、ってな話を、クリック一つで世界にむけて、文字でアップする夜、一人、画面に向かって。

2006年7月11日(火) くもり晴れ
めでたい
 僕の先輩には彼女がいる。付き合って八年目というから、ずいぶん長い。
 最近先輩と彼女は二人暮しを始めた。彼女は先輩が家に帰ってくると「お疲れ、さまっ」と言ってビールを出してくるらしい。テレビのCFで清純派の女優がやっているその真似で、少しふざけてやるという。その清純派女優好きの先輩は、「お前がやるな!」とわなわな怒っている。
 そんな先輩もたまにはプレゼントなんかを買う。薄いブルーと白の包装が印象的な宝石店に二人で行く。「特別室に通されるんだぜ。セレブ気分だよ、セレブ気分」とのたまっていたが、二人して指輪を買ったそうだ。「給料三か月分ってわけじゃないけど、まぁ、その分はこれからうまいもんでも食って・・・ごにょごにょごにょ」そう言って渡したそうだ。結婚どうしようかと悩んでいるそうですが、先輩、それは立派なプロポーズです。
 てめー川島、その幸せくれ。と名指しで。

2006年7月12日(水) くもり
『俺、がりがり君。君、何がり君?』By電気グルーヴ「ガリガリ君」
 眠れずに、夜歩く。近くのコンビニでガリガリ君を買い、ガリガリ齧りながら近所を一回りした。
 散歩中は昔の風景を想像しながら歩くと楽しく、特に中沢新一著「アースダイバー」を読んでからその傾向は強い。最近気が付いたのだけれど、家の近所には寺や墓場が多い。誰も通らない深夜の細道に、随分古ぼけた地蔵が立っていたりする。昔も変わらぬ細道で、今と違うのは家の代わりに木々が生い茂っていたこと位なのではなかろうか。高台のへりにあたるので、家々の間から見えている眺望がもう少し広かったかもしれない。
 十字路では猫が数匹たむろしている。昼間はこちらの姿を見るとそそくさと逃げるこいつらも、夜は我が物顔で道の真ん中に寝そべりゴミ袋におしっこをかけたりで、逆にこちらが避けて通る始末だ。
 烏がカーとなく。気が付くと空は白み始めている。ガリガリ君は棒だけで、そして眠い。

2006年7月13日(木) くもり
妄想。お題は、『語学の勉強か・・・』
 I'm studying English.Guide Japan Free!!と書かれた宣伝用の大きなダンボールを立てて、東京駅に立つ。あるいは、ユースホステルの掲示板に書いておく。一緒に名刺も張り付けておく。お客が来たらまずはミーティングだ。回るコースを決めなければならない。しがらみも何もない個人経営はその点楽で、どこに行ったって構わない。It's up to you.ってなもんだ。しかしガイド出来ないんじゃ話しにならないから、場所はある程度決めておかなきゃならないだろう。すると歴史の勉強もせんければいかん。相手の国に併せて「1603年ごろといえば、お国ではWillem Janzですかしら」なんてオーストラリアの人にさらり言えたらカッコいいわな。今なら秋葉原OTAKUツアーとかだってできらーな。昼飯くらいはおごってお車だあぶな。
 ってなことを考えてペダルを漕いだりする。

2006年7月15日(土) 晴れくもり
サイコーでした
 んちゃんちゃんちゃと、リズムの裏で手拍子を打った。友人はすでに踊り始めている。泡盛を一口飲む。友人が踊れ踊れと手で誘う。後ろを振り向けば、さして広くもない店内のいたる所で客が踊り出している。乱舞だ。立ち上がり、踊った。分けも分からず見様見真似で手を舞わせる。わはは、笑顔が止まらん。マイクの前に座った白髪混じりの長髪親父は、巧みな三線さばきと張りのある声で琉球音階の陽気なグルーヴを紡ぎ出す。ハッ、サッ、ハッ、ハッと掛け声をかけ、イヤーサーサーと合いの手を入れれば、飲んだ泡盛の熱気が頭に上るのが自分で分かる。楽しくてしょうがなくなる。曲が終わり、酔っ払って「わたくし沖縄とは何の関係もありませんが・・・」と演説をぶち始めた友人は「関係ないんか」と店中から突っ込まれ一笑い、それでもなお熱く語ろうとするそいつを座らせるのが大変で。
 いやー、愛すね、これは。

2006年7月18日(火)
ギターの練習をしよう
 音楽付いた連休だった。金曜日に沖縄居酒屋のミニライブで狂喜乱舞し、日曜日には贔屓バンドの野外コンサートにでかけた。月曜日はスタジオを借りて、友人にドラムを叩いてもらいギターをいじる。
 跳ねる三線の音色に乗って踊り始めようと上げた手。スティックの四カウントでドラムが最初の一音を叩き出し、リズムの裏からスライドして入ったベースが音数の多いピアノのイントロへと繋がり、やがて空へと伸びていく声。始めぎこちなく不揃いだった互いの音がだんだんと絡み、そこに歌を乗せた瞬間のマイクの先と肺から喉を通る空気の動き。と、己の情景記憶は断片的で、三日間を思い出そうとしてパッと頭に浮かぶのはこんな光景ばかりだ。
 しかし思ったのは、こんな光景をこそ求めていたのであって、欲望とは簡単ものなのだなと気付く。
 後泡盛とビールと焼酎も求めてました正直。

2006年7月20日(木) くもり
ふえていつしゆ
 服よりも靴を愛でる傾向が強い。特にスニーカーだ。
 といっても数を沢山持っているわけではない。一足の靴を長く使うといった類の愛着で、今家にある二足のスニーカーのうち一足は二年、もう片方は十年近く使っている。
 後者はなかなかつわもので、釧路川を下ったり、沖縄の無人島で焚き火に燃やされかけたりもしている。もともと白いのがやけに赤く染まっているのは、タイとカンボジアの国境付近で泥にはまったバスを押した時の、粘土の色が落ちないからだ。
 ところが最近、このスニーカーから異音が聞こえるようになってきた。もう年なのかもしれない。右足の方が、歩く度に「きゅい」と鳴る。なるたけ大事にするので、もう少し付き合って欲しいと思う。
 というわけでお前は今日から伝七郎だ。と名付けてみた。心なしか嫌そうなスニーカー一足が、玄関に黙ってある。

2006年7月21日(金) くもり
いやしかし愚かだ
 酔っ払いは見知らぬ他人の家の、玄関脇の柱に頭突きする。これだから厄介なんだ酔っ払いは。血だらけになりながらそう思ったが、何故だか少し楽しくもある。酔いが覚めたら痛いんだろうなぁと、ちょっと冷静になっている部分もあったが、それにしても血が止まらない。
 酒を呑んだ帰り、半分眠りながら歩いていてそのままの勢いで顔から柱に突っ込んだのだった。今考えると車道でひかれていてもおかしくないわけで、一気に酔いが覚めたのにも関わらずその後の処置をするでもなく、このままコンビニに入って何食わぬ顔でエロ本でも買ってやろうかななどと阿呆なことを考え、もう二つばかり思い浮かんだのが、眉毛で血が止まる。眉毛すげーということと、オレ今、四回戦ボーイ。というこれまた阿呆極まりないことだけであり、本当に愚かだ。家に帰り鏡を見て普通に引いた。
 病院に行き二針縫う。

2006年7月22日(土) くもり
洋子好き
 作家、小川洋子の机の上にあるつぼを押す棒。問題はそこだ。
 「二、三日すると、いろいろな物が机を侵略しはじめた。辞書、手紙、のど飴、つぼを押す棒・・・・・・。」小川洋子がそう書いたのは、エッセイ集『犬のしっぽを撫でながら(集英社)』の中でである。今まで使っていた机を買い換えた。新しくなった机はスペースもあり使いやすい。そういう文脈で出てきた言葉だった。辞書、手紙、のど飴と来て、私は最後のこの言葉に引っかかってしまった。
 もちろん、神経が集まっている場所を刺激する器具のことかと思う。だが記述はこの一文にしか出てこず、棒がどのように使用されるものかは、必ずしも分からない。
 もしかしたら、壷を押す棒かもしれない。
 そうなってくると事態はことだ。新品の机に座り、手では届かない場所にある何かの壷を押している小川洋子。何の壷なのだろうか、何のためなのか。ただごとではなくて良い。

2006年7月25日(火) くもり
初めて縫った傷口を見つつ
 舌先で探ると、下の前歯の内一本がギザギザになっている。先週居酒屋で呑んでいる時に、氷を噛み砕いていて少し欠けたのだ。その時は特に気にもしていなかったが、この先一生このままなのだなと考えるとなんだか無闇に触ってしまうのだった。
 右手の平には、昔刺して残ってしまった、鉛筆の芯がまだある。小学校の授業中に、なんとなく鉛筆の背で机を叩いて、気が付いた時には刺さっていた。慌てて鉛筆を抜いてハンカチで押さえつけた。授業を中断させるのが嫌で、特に痛みを訴えもせずにそのままにしていたのだが、後でよく見てみると鉛筆の先が欠けていた。以来その芯は手の平の中に入ったままだ。
 火葬場で燃やされる時が来て、遺族が骨を拾っている脇に、この小さな芯は落ちているのだろうか。あるいは、燃やされているのか。もし、残っているなら、骨壷などには入れないで、自由にしてやりたい気がする。

2006年7月28日(金) くもり
日曜午前の水族館には
 とても遠くから音が響いて来て、彼女はそれに耳を澄ます。窓枠に肘をついて目を瞑る。開け放たれた窓からは、網戸をくぐって風がそよぐ。目蓋の裏には、さっきまで見ていた空の青さが残る。
 音は微かに聞こえている。低音域がほとんどない。イメージだけが運ばれてくる。何か圧倒されるような重厚さがあるわけではないし、かといって特別陽気というわけでもない。淡々としている。日常的な音。光化学スモッグが発生したことを告げる放送かもしれない。季節柄、近所の町内会が夏祭りに備えて試しに盆踊りの音頭をかけていたっておかしくはない。相手の風体から判じ物をするインチキな占い師のように、彼女はその音の正体に耳を澄まし続けている。
 やがて眠気が襲ってくる。あくびが一つ。自分の呼吸がゆっくりになっていくのをぼんやり意識しつつ、彼女は眠りに落ちる。音は止んでいる。

2006年7月31日(月) 晴れ
最後にマイクを踏み付けてぶっ壊して帰ったヤーヤーヤーズ、カッコ良かったです。というわけで、テーマ変更。→カッコいいオレ2006
 ひょっとしてオレ、カッコ悪いんじゃないか。野外フェスの会場を歩いていてそう思う。
 木立を通るボードウォークの上には、たくさんの若人が歩いている。十二万人を超えると予想される入場者数だ。一つの市がまるまるコンサートを開いているようなもので、侮り難い。連なって次の会場に向かう人の群れの中、しかしそれにしてもこのカッコ良さの違いは何だと考えているわけで、人数に比してみるとこれはなかなかことである。
 随分貯めたからな。
 ふとそんな言葉が浮かんできて驚いた。そう随分貯めたのだ、カッコ良さポイントを。他人が使っている間にせっせと貯め込んだ幾数年、オレのカッコ良さポイントもそろそろ満期を向かえてもおかしくはない。今は貯めるより運用の時代というじゃないか。そろそろブワーと使ってみる時だ。
 そうこぶしを握り締めるヒゲ眼鏡が一匹、林の中で歩いていた野外フェスだった。




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