2006年12月1日(金) 晴れ
同時性
 物を叩く男がいる。ドラマーという職種の話しだ。もちろん、女もいる。それはあるいは、一生物を叩き続けているということにもなりえる。一生物を叩き続けている男も女もいる。それはまぎれもない現実なのだった。
 あ、叩いている。そう思ったのは、自転車を漕いでいる時のことだった。商店街だ。人を避けつつ、ゆっくり進んでいく。ヘッドフォンから流れてきたのは、クラムボンというバンドの『hoshinoiro』だった。
 人の声の入らない曲だった。キーボード、ベース、そしてドラムの音だけで構成されている。そこで、ドラマー伊東大助は物を叩いていた。無闇矢鱈に叩いていた。以前見た彼らのライブの光景が思い浮かんだ。その時も彼は叩いていた。それはもう叩いていた。一年以上前の話しだ。恐らく、あれから叩き続けてきたはずだ。もしかしたら、今この瞬間も叩いているかもしれない。そしてこれからも叩き続けていくのだと思う。すごい。

2006年12月5日(火) 晴れ
夜道
 二日前に、久しく連絡を取っていなかった友人に電話をかけたことをまず書いておく。
 券売機に表示された料金は二百十円だった。財布を覗くと、一万十円ならばある。この時点から、お釣りのことが気になってしょうがなくなる。まず札入れに入れるのが九千円、その次が八百円で、最後に切符を取る算段だ。書いた順に価値が低くなる。例えば、突然横から強盗の類が釣り銭をひったくりに来たとする。その場合、最初に九千円を押さえておけば被害は驚く程少ない。これが逆だと目も当てられないではないか。一瞬、そのことだけを考えて生きている自分がいる。
 無事九千円を収め、次の人に順番を譲った。並んでいる人々の間を抜けつつ八百円もしまう。改札へ一歩踏み出し、そして戻った。冒頭の友人が最後尾に並んでいたのだった。
 まさしく奇遇なわけだったのだが、通り過ぎてから気が付くなどという行為が現実に起こりうると知れたのも、収穫な出会いだった。

2006年12月7日(木) 晴れ
ふらり呑み
 ガードレールの影が伸びている。夕暮れの薄闇に、街灯が灯り始めていた。規則正しく並んだ影の間を歩いていく。
 ガードレールの影を踏まないようにしていたのだった。一種の願掛けだ。子供時分など(今もやるが)、横断歩道の白い部分だけを踏んで歩いた。踏み外すと爆発する。勝手にそう決めたりもした。同じ要領だ。影を踏むと何かが駄目になる。勝手にそう決めている。
 歩く時は左右の足を交互に出さないと歩けない。そこには自ずと拍子ができる。歩くに連れて次々と近付いてい来るガードレールの影にも、独自の拍子がある。二つを合わせるのが面白い。ひょこひょこ歩いて、順調に最後のガードレールまで辿り着いた。しかし結局、影を踏んでしまったのだった。
 前から車が来たのだ。ヘッドライトに照らされた時にはすでに遅く、足は影を捕らえていた。予想以上の、心への衝撃だった。
 明日死んだら影を踏んだせいか。

2006年12月10日(日) 晴れ
実況
 えのきが安かった。一袋七十円で二袋が百三十五円だ。これでだいたいの方向性が決まる。当初予定していたベーコンとほうれん草という組み合わせから大きく外れるが、いたしかたあるまい。
 となればれ葱だ。季節物だ。今年の春に改めて、新じゃが新玉葱のコンビで季節物の美味しさは身に染みた。使わない手はない。
 商品棚を見渡すと泥葱が目に付く。四本で百六十円は魅力だが、一人暮らしにはさすがに多い。泣く泣く普通の長葱を選んだ。
 麺はイタリア産、なのに五百グラム百十円という安さの、怪しいちょい太麺だ。帰りがけに鳥挽き肉を購入する。もう脳内には醤油の味が反芻されている。茹で上がりの湯気まで思い浮かぶ。イヤフォンからはU2が『I STILL HAVEN'T FOUND WHAT I'M LOOKING FOR』と歌っている。
 これから和風スパゲティを作ります。へい。

2006年12月11日(月) 晴れ
ラーメン
 五十台は止められるであろう駐車場に、車は数台しかなかった。平日昼間の公園は閑散としている。
 公園に行った。行ってみて分かったのだが、昔学校のマラソン大会に使った所だった。周囲が十キロ以上ある巨大な公園だ。傾斜が多い地形で、木々が茂っている。所々に子供の遊び場やアスレチックが点在していて、各所を回るのには園内バスを使うような広さだ。遊具場で、姪を遊ばせる。
 歩けるようになったばかりの姪にとっては、遊具場の中だけでさえ相当な広さだろう。落ち葉を踏むのが好きなようで、さかんにガサガサと歩き回っている。
 マラソン大会の具体的な記憶はほとんど忘れてしまっていたが、景色の所々に見覚えがある。後は、なんだかわいわいやっていたなという、漠然とした印象だけが思い出された。
 冷たい風に『木!』という匂いが混じっている。久しぶりに、カヌー行きてぇ。

2006年12月14日(木) くもり
宮沢章夫
 ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』を読んでいる。
 カラマーゾフ兄弟の次兄イワンは、趣味が悪い。残虐な話しをコレクションしている。新聞で読んだものや人から聞いた話しだ。友達にしたら大変かと思う。実際本人が「友達もいないしな」などと言ったりしている。
 イワンが三男アリョーシャと話している場面だ。イワンはコレクションの一端を披露する。恐らく作者ドストエフスキーが実際に聞いた話しだと思うが、赤ん坊を笑わせ笑った瞬間に頭を打ち抜くというトルコ兵の話しだ。読んでいてうひゃぁとなる。小説自体も、人間の本質に迫る緊迫した場面だ。ところがイワンは最後にこう言い添える。「ついでだけど、トルコ人は甘い物が大好きだそうだ」
 だから何だ。
 全くイワンも困ったものだ。意味が分からない。が、あるいはここにこそ深い意味があるのかと深読みもしたくなる。しかし笑った。


文中の『カラマーゾフの兄弟』は、原卓也訳、新潮文庫による

2006年12月17日(日) 晴れ
同面子
 時において人は、己を省みることを忘れてはならない。そう思うのは過去の経験による。焼肉の経験による。
 中学生の時に友人宅で夕飯をご馳走になった。今思えば迷惑極まりない話しなのだが、三四人で押し掛けて帰るのが遅くなってしまったのだ。しかも出されたのが焼肉だった。
 食べ盛りの野郎ばかりだ。しかも中に一人、「食う」ということにかけては鬼のようなTという男がいた。Tが入ると食卓が戦場になる。箸で口元にもっていく途中の食物を奪うという禁じ手が、彼の得意技だった。「お前は一つ肉を食べ終わるまで、手を動かすな」必死に牽制した。
 ところがだ。「お前も肉を溜めるな」一緒に食卓を囲んでいた友人の兄にそう言われた。言われて気が付いた。目の前にあるタレ用の小皿に、肉が山盛りになっていた。無意識の所業だ。小槌で殴られたような衝撃だった。
 自省を知らねばな。焼肉を食べる度に思う。

2006年12月19日(火) くもり晴れ
四度目のカレーうどん
 カラオケボックスに一人で入る。友人の結婚式で一曲歌うので、その練習だ。
 何故カラオケに一人で入るのは、こんなに恥ずかしいのか。ことさらにギターケースを持つ手を強調し、店員に練習であることを無言で示す。今回はブルースハープ(ハーモニカ)も使うので、防音設備がある所ではないと練習が難しい。そのためのカラオケだった。
 開始三十分、調子はいい。ブルースハープに関してはほとんど初心者だったのでどうなることかと心配していたが、やってみるとなんとかなりそうだった。ワンドリンク制だったので頼んだホットココアを飲み、一息つく。ふと机の上を見ると、曲を入力するためのリモコンが目に留まる。せっかく来たんだし、ちょっと歌うか。ハモりの練習もしたいし。リモコンに手が伸びた。
 終了十分前の連絡がフロントから入り、熱唱は中断する。練習そっちのけで歌っている。
 こそこそと料金を差し出す。

2006年12月20日(水) 晴れ
お約束
 しまったと思った。エラい時期に街へ出てきてしまった。イルミネーションだらけだ。
 買わなければいけない物がいくつかあり、買い出しのために街へ出てきたのだが、いたる所に赤、白、緑を基調にした電飾が輝いていた。一部の通りなど、ほぼ遊園地と化している。
 最近では普通の住宅まで、外壁に電飾を施しているのを見かける。全くおかしな話しだ。だってそうだろう。今年のクリスマスは中止だというのに、電飾など飾ってどうするつもりなのか。
 まさかとは思うが、知らないという方のために書いておく。十九日付けフィンランド、ヴァンハネン首相よりの発表だ。温暖化も叫ばれて久しい昨今、電飾等商業用消費電力の著しい増加により二酸化炭素の増大が懸念されるクリスマス行事(宗教関係は除く)は、各国政府による自粛が望ましく・・・。
 完全な僻みだ。

2006年12月26日(火)
式典
 黒いドレスに身を包んだ美しい女の子が、椅子に腰掛けギターを構えている。その下に這いつくばる。
 「えー、音の大きさはこんなもんでいいっすかぁ?」
 そう言う。アンプスピーカーの調整をする。気分はちょっとしたSMだ。馬鹿だ。
 友人の結婚式の二次会があった。幹事をやった。始めは、やっぱり盛装した女の子はえーのーと完全親父と化していたのだが、会が始まってしまえばそれどころではない。受付、飲み物の準備、料理の準備、進行アナウンス、写真撮影、段取り確認、楽器等機材搬入、店側との交渉、クレーム対応、イベント準備、迷子の保護、愚痴の聞き役、太鼓持ち等々、会場から見たら「お前は居たのか?」と聞かれるような忙しさだ。 まぁなんとか終わったので良しとする。
 途中、自分がやるとしたらどうしようかなぁなどと考えている。来世の話しだ。




To kakolog page
To hibiki page
To top page