2007年11月4日Sun. 晴れ
迷う来客

 相変わらず、ハンバーガー屋がワンダーランドだ。隣りに座った三人組が面白く、勝手に『ドリカム漫才』と名付けて聞きいる。年がばれそうなネーミングだ。
 女が一人に男が二人という構成の、三人組みだった。高校生らしく、どうやら英語の課題をやりに来ているらしい。男一人がハイテンションで徹底的にボケ倒し、残りの男と女が「いーから早く(課題を)やれよ」と突っ込むのが基本スタイルだ。
 ボケ役の男が「ラップ歌える位になりたいよね、英語」と自分で話題を振った。他の二人に無視されるやいなや、「粘土作って、壊してEND!」と即興ラップを披露し出す。途端に両脇から男女のユニゾンで、「いーから早くやれよ!」だ。
 「取り出したのは、木工用ボンド。これで安心、心は安堵」頭の中で続きを歌った。がんばれ少年、そのボケ、好きだぜ。そう応援しつつ、何食わぬ顔で食べるポテトだ。

2007年11月5日Mon. 晴れ
お大事

 右の席と左の席で、こんな会話がやり取りされている。間に座って、頭上を飛び交う言葉達に、漫然と耳を傾けているといった寸法だ。
「大丈夫、風邪?」
「うん。でも週末ずっと寝込んでた。なんか別に頭とかは痛くないんだけど、熱だけ出るんだよね」
「えー、ほんとに。それ、あたしと全く一緒だ。ごめん、あたしのが移ったんだよ、きっと。ごめんね」
「ううん、違うって。最近流行ってるんだよ。だってOさんも、Aさんもひいたでしょ、Mさんだって休んでたじゃん」
「そっか。そうだよね。あたしがひいて、で、今回はTだよね。ひいてないのdai君位じゃない?」
「そうだね、dai君だけだ」
「そう、dai君だけ、風邪、ひいてない」
 君達は何が言いたいのかね。

2007年11月6日Tue. くもり
歯止め

 ある人物に、筆記具を貸したと思って頂きたい。軸を一方に捻ればボールペン、逆に捻ればシャープペンシルになる、いわゆる「シャーボ」という奴だ。金属製で冷たく、手に持つと意外な程重い。高校の卒業記念か何かでもらったもので、よく見ると、ローマ字で、学校名が彫ってある。
 貸したのは、その人物が受けるテストの直前だった。筆記具を持ってない事に気が付き慌てるその人物に、普段持ち歩いている筆入れの中をひっくり返して貸した。二週間ばかり前だ。返してもらわなきゃと思う。
 こうやって駄文を綴ろうと、筆入れを開ける毎に思い出す。返してもらわなきゃ。でもいつも、筆入れを閉じる毎に、その思いは封印される。暗く、深い、無意識の闇の中に沈んでいく。多分また明日も、筆入れを開けて嘆息すると思う。
 そうだ、あれ、返してもらわなきゃ、返してもらわなきゃな。

2007年11月7日Wed. 晴れ
再スタート

 久しぶりに自転車に乗る。サドルを跨ぐのは約一ヶ月振りだ。「よっしゃ、漕ぐで!」と気合を入れている赤信号で、隣りに並んだのはグッチのバッグを荷台に括り付けた女中型ライダーだった。で、こいつがうるさい。ボヘボヘボヘブロビビデボバーンという爆音を、アクセルを開ける度に鳴り響かせている。
 別にグッチがどうこう言うつもりはない。マフラー外して馬鹿さ加減を喧伝するのは早く事故って欲しいが、走り去るなら一時の災厄だ。最悪なのは、それだけ自己顕示しておきながら、下手で、遅いことだ。自転車に負ける中型バイクってどういうことだ。
 朝の渋滞気味の道路とはいえ、三十分近く抜きつ抜かれつ並走して、終いには勝ってしまった。おかげで知りたくもない下手っぴなアクセルワークを、嫌になる程教えられた。
 グッチだけに愚痴だ。「お前が事故って死ね」そう言われようと、自転車漕ぎはやっぱり良い。良いんだ。

2007年11月8日Thu. 晴れ
中だるみ

 早朝、公園でぽんぽこボールを蹴っていると、そんな時間帯には珍しく、男の子の二人連れが、同じくサッカーボールを持って現れた。ほほう早朝練習か、感心なものよのうと遠目に見ていて、そのまま消えたくなる。
 ともかくうまい。年の頃は恐らく小学校の四、五年、この時間帯で一緒に来るから恐らくは兄弟だろうが、弟と思しい方はまだしも、兄の方は明らかに自分よりレベルが上だ。
 「リフティングで公園を横断する」を密かな一つの目標として、毎朝ぽんぽこ球蹴りに励んでいた昨今だが、目の前で、弟と会話を交わしながら、軽々とそれが成し遂げられて行く。「おい、ちょっと待てって、え、ねぇそれって、おい」って、おじさんマジで呟きました。
 しばらく生垣状の囲いの隙間から覗き見た末、「さーてと。ダイエットはこれ位にするかなぁ」という顔で立ち去る。才能なんて、嫌いだ……。

2007年11月9日(金) 晴れ
中吊り広告
 吊り革に掴まり、電車に揺られながらふと思う。そういえばまた、本物を見てないな。「どんだけぇ」の本物を見ていない。
 「どんだけぇ」だけではない。「なんでだろー」も、「どこ見てんのよ!」も、「残念!」も、「フォー!」も、「でもそんなの関係ねぇ!」も、そういえば本物を見た記憶がない。「間違いない」に到っては、「この人は馬鹿なんじゃんかろうか」という思いを隠しもせず、先輩に向かって「そんなの誰も知りませんよ」と言い放ってすらいる。あの自信は何処から来ていたのか。
 これら全てのギャグは、自分にとっては断片だ。素朴な疑問+海の中の昆布=なんでだろー、侍+「〜ですから」=残念!、大地を踏み付けるような動作=でもそんなの関係ねぇ!、主に友人知人によって再現されるこれらは、本物を知らないが故笑いには転化されず、奇妙に様式化された儀式のように見える。
 いーからテレビを買えという話しだ。

2007年11月12日(月) 晴れ
姪馬鹿
 実家に電話をした。信号待ちの交差点で、携帯電話を耳にあてる。
 その日は実家へ帰るつもりだったが、急遽駄目になった。それを知らせるための電話だ。母が出て、予定変更の旨を伝えた。実家に電話をする時、ぶっきらぼうになってしまうのは何故か。電話を切りかけた時「あちょっと待って、トモが出たいって」と母が言う。
 トモ(姪、二歳二ヶ月)は、最近やっと話し始めたばかりだ。電話がかかって来ると、「でたいでたい」と騒ぐ妙な性癖がある。
「もしもーし、おじさんですよー」
「・・・・・・おばけだぞぉ」
 それまで続けた無愛想仮面をかなぐり捨て一オクターブ高い声で電話に出ると、相手はお化けだった。なんだそれは。
「お化けよりトモちんとお話ししたいなぁ」
 異次元との会話を何とか成立させつつ、電話を切った。ふと気が付くと、周囲の視線が痛い。そうか。今まさに「馬鹿」だったのか。

2007年11月15日Thu. 晴れ
不調

 上杉謙信を、征夷大将軍に任命したくなっていた。ここニ、三週間のことだが、飯を食っても、トイレに座っても、頭に浮かぶのは毘沙門天だ。
 もちろん、史実として、戦国武将上杉謙信は征夷大将軍にはなっていない。一五三十年に生を受けた謙信は、越後の虎とも軍神とも恐れられる戦上手を発揮し、武田信玄と激戦を繰り返し、手取川の戦いにより織田軍を退けた後、遠征準備中に春日山城で倒れている。しかしだ。どうしたって、上杉謙信に征夷大将軍だ。この欲望は譲れない。
 そんな時、あなたならどするか。ここに、『信長の野望 烈風伝』というゲームが存在するというのに、あなたならどうする。
 気が付けば八時間連続でプレーしている自分がいる。思えばここ八年、ネット麻雀を除けば、コンピューターゲームはこれしかやってこなかった。一体どれだけの時間をかけているのか、恐ろしいので計算はしない。

2007年11月19日Mon. 晴れくもり
出戻り

 引越しの準備をしながらふと思った。他人の引越しを手伝うのは面白いんじゃないか。
 引越しの準備は、とりもなおさず必要と不要の峻別作業だった。次の生活に必要なものを梱包していき、一段落して周りを見れば、後に残っているのはいわば「抜け殻」だ。
 新しい部屋にはサイズの合わないCDラック、服、何かに使えるかなと思って取っておいた袋多数、団扇、本、エロ本、マンガ、CD、自転車の拭き掃除に使っていた仕様済み靴下……、定規と三角定規をガムテープでくっ付けた物など、他人の目から見たら何に使うのか分かるまい。背中を掻くのです。
 これら全ては、かつて何かの役に立っていた物達だ。例えば何の由来も知らない他人の目でこれら「抜け殻」を見た場合、相当想像が膨らむなと思った。
 翌日、友人が引越しを手伝いに来る。部屋を見て、「女の子部屋に呼ぶ事なんて、考えた事もない部屋だな」とのたまう。

2007年11月21日Wed. 晴れくもり
やっちゃった

 オレオを食べ始めて、もう二週間が経とうとしている。
 スーパーの安売りで、手に取ったのがきっかけだ。
 以来毎日、昼食代わりにオレオを食べる。
 何故か、オレオの事は秘密にしたい。
 仲間に聞かれようと、家族に聞かれようと「コンビニ弁当だったねぇ」「うん、今日は中華だよ」「ベトナム料理のフォー、うまかったぜ」そんな答えだ。
 秘密のあいつだ。
 手で掴むと黒い粉がちょっぴり付くあいつだ。
 黒くて白い、あんちくしょうだ。
 恐らくすでに、カラダの半分は優しさで、もう半分はオレオだ。
 今日も百円を握り締めて、コンビニのレジに並ぶ。
 オレオ、オレオ、オレオレオレオ、俺のオレオだ!

2007年11月21日Wed. 晴れ
冬の屋外珈琲

 昔、『ムラサキ鏡』という言葉が流行った。二十歳まで憶えていると死ぬ、という話しだった。二十歳も過ぎた身で降り返ると、あの話しの胆は『増殖』にあったように思う。『ムラサキ鏡』は、日本語の話者ならば誰にでも通用する。流通し、増殖する。それは他人の話しではなく、他ならぬ自分の身に降りかかる。疫病のようだ。それが、怖い。
 ところで、『音頭』を思い浮かべてもらいたい。盆踊りで良く聞く、どっどんっがどん(あ、よいしょ)というあれだ。次にそのリズムにノったまま、一番好きな歌を歌って欲しい。四拍子の歌なら、歌えるはずだ。そしてもう、その『音頭』は、頭から離れない。
 そう、『音頭』は増殖する。友人から教えてもらった時は大した事に思わなかったが、最近『音頭』が増殖して困っていた。ヒット曲も音頭、名曲も音頭、『君が代』だって音頭だ。せっかくなので、一蓮托生になって欲しく、駄文を綴る。ひどい。

2007年11月28日Wed. くもり
川→歌→呑

 エンターテインしたかっただけだった。心に一時の潤いを持ってくれれば十分だった。しかしもう、取り返しはつかない。「こんばんわ」という出だしのメールに「わんばんこ」と返信して、返事がない。
 もうすぐ、宴会の季節だ。忘年会という名目の酔っ払い大会が、もうそこまで迫って来ている。部長は手帳を開き、幹事は泣き、居酒屋の亭主はほくそ笑む。
 時期的に今位が予約を取るぎりぎりのラインだからだろう。先方にとっては危篤にも、お誘いのメールを頂いた。もう半年程会っていない女の子からだ。「懐かしいメンバーも集めて、忘年会しませんか?」というそのメールの出だしが、「こんばんわ」だった。
 めったにもらわないお誘いに、喜び勇みまくったのがいけない。指が勝手に携帯のボタンを押していた。「わんばんこ」と返信してその後、時間やら場所やらが、来ない。
 「わんばんこわんばんこ」と、小さく呟く。




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